きまじめチキン日記

岩手県二戸市 昭和38年生 チキン産業 経営者 十文字保雄

カテゴリ:  農場の話題

IMG_20200604_114038

 昨日、軽米町の長瀬建材蠅気鵑了唆版儡物処理場を見学させていただきました。

 ちょうど当社の平笠ファームを解体した後の廃棄物を処理しているところで、木材、コンクリートがそれぞれ別な敷地で粉砕されてました。

 ちなみに、排出者責任のルールがこの世界では大前提ですので、当社のものがきちんと法律に基づいて処理されていなければなりません。当社担当者も定期的に確認しています。

IMG_20200604_114210

 実は長瀬建材の専務は、青年会議所時代の後輩でもありますが、その当時は仕事の話をしたことがなかったです。‥というか最近まで(笑)。言ってはいけないオーラが出てたのかな?

 若い頃に仲間だったのが、気がついたら力を借りて商売させてもらってます、という感じですね。

IMG_20200414_090622

 本日午前は、種鶏課指導員のKくんの農場巡回に同行してきました。

 行ったのは下斗米種鶏場。60歳を過ぎてから農場長になったSさんの3回転目の育成期の農場です。10週の1日目で、1棟にオスが、2〜4棟にメスが入ってました。鶏舎内にも入りましたが、順調のようでした。

 それと、指導員としてのKくんへのお褒めの言葉が聞かれてよかったです。「なにせ対応が早い」と言われてましたが、スピーディーさを口酸っぱく言っている私にとっても嬉しいことでした。

 ちなみに彼は半年間いくつかの種鶏場の現場を経験して、指導員になっています。

IMG_20200414_095001

 「社長、午前中の休憩時間に、従業員のみなさんにねぎらいの言葉をお願いします」とS場長には言われてましたが、なんとその場長さん、私の誕生日を知ってたみたいで、ケーキを用意してくれました。

 いやー、申し訳ない。その場には7人でしたので私だけ2倍サイズが割り当てられ、甘党の私や喜んで食べましたよ。そのケーキは同僚指導員の実家製のものだったんですが、甘さ控えめなのでペロッと。

 お気遣いありがとうございました。おかげで従業員の皆さんとの話も弾みました。お孫さんの数に圧倒されました(笑)。


産直会議 再 20200303

 先進的な生協として知られるパルシステム連合会さんには、当社の指定農家によります「までっこチキン生産者連絡協議会」が結成され、その農場で生産した鶏肉が供給されております。

 横浜に住む我が家族は、その傘下のパルシステム神奈川ゆめコープの組合員になっていて、さきほど今週届いたカタログをチェックしましたら、ありました!下舘秀行さんがトップに出ている「産直通信」。

 「までにポイント」ということで3つ紹介されていました。「までに」とは「丁寧に」という意味です。下舘さんは、‐欧隆浜、△海泙瓩焚硬拂汗阿抜控ぁ↓1日4回の見回り、の3つに力を入れているんですね。

 こういったことが一部であれ消費者の耳に入るということはなかなか無いので、ありがたいことです。

 ちなみに、当社では3ヶ月に1度、「生産者情報」というフルカラーのコピー機によるペーパーを作成して180農場に配っています。

 そこでも成績優秀な農家さんをトップで紹介して、こだわりのポイントをインタビュー形式で紹介しています。こちらの意図は成績優秀じゃない農家さんは真似してほしいということなんですが(笑)。

 なんだかそれが大きく拡散して、こういう形で50万人もの方に見ていただいているような。

 いずれどんな形であれ、チキンの飼育農家さんの仕事に興味を持っていただくことは良いことに違いはありません。

 願わくば、主婦の方だけじゃなく旦那さんもカタログを見ていただいて、地方の職業に関心を持っていただけたらいいですね。おかげさまで現時点で農場長さんは間に合ってますけど。

3685

 本日、九戸村役場の村長室で、当社が農場資材倉庫を九戸インター工業団地内に建設することの立地協定書にサインして、五枚橋久夫村長の後に私もスピーチしました。

 当社は生きた鶏を肉にする工場が、二戸市、久慈市、八幡平市にあること。生産農場は180農場合計で20万坪あって、県北では、洋野町、九戸村、軽米町、一戸町、久慈市、二戸市の順で坪数が多くて、全体の75%を占めること。九戸村単独では15%ほどですが、ひなを供給する種鶏孵卵の拠点は九戸村にあって、昔から大変お世話になっていることなどを話しました。

42154

 さて、その九戸村は、ブロイラー生産額で日本一だったことがあります。この小さな村がですよ。その後、平成の大合併ブームで確か宮崎県都城市に首位を奪われたと記憶しております。

 そのことを村おこしに利用しようとしてか、今年に入ってこのような「キングオブチキン」というポスターやTシャツを制作し、道の駅「オドデ館」でイベントを開いているみたいです。

 以前、九戸村の就業者のうち70%が何がしかの形でチキン産業に関わっている、と聞いたことがありましたので、村長に確認してみましたが、今ならもっとあるのではないか?と言ってました。

 同業他社を含めこれだけ濃くチキン産業を受け入れていることに感謝です。

IMG_20190805_131024

 2012年に私の提案で建てた、国道4号線沿いの本社敷地内の看板を撤去することにしました。

 最初は「チキンオーナー農場募集中」という看板でした。それから2016年に「農場用地募集中」に内容を変えましたが、趣旨は同じで、久慈工場の大規模増設により農場の供給能力の不足が見込まれましたので、地元を巻き込んで農場増設を成し遂げたいというものでした。

 それから順調に新農場ラッシュが続いて、蝪丕米鷂優奸璽の設立もあり、農場・工場間のバランスが取れそうな見込みになったので、7年でお役目終了ということで撤収です。

 この看板は狼煙を上げるような効果があったみたいで、既存の売買農家さん、社員、元社員、等が関わって来ています。

 いや、それ以上に、地元で伝わっていったのは、健助会長(父)が蝪複縫侫 璽爐鮴瀘して、あちこちの土地を買ったことかな。仕事の速さには改めて敬服せざるを得ません。

 さて、この看板を撤去するより、上塗りしてサイサイドリーさんの絵にしようかなと一瞬思いました。しかし、安全運転に支障が出るかもと思い止めました。

 というか、よく考えると、この看板が存在していた7年間でこの周辺で事故がなくてよかったかな。

DJI_0033

 昨日、学卒入社4年目の指導員H君に案内してもらい、軽米町の観音林種鶏場に行ってきました。

 メスの羽数で26000羽規模で、当社内では最も自動化されたモデル種鶏場のような位置づけ。今月で2回転目が終わるという、働く皆さんにとっても達成感を感じつつある時期でした。

 場長は長距離トラックやバスの運転手を経て、当社に勤めていた友人の誘いで当社に入社した43歳。ついこないだまで独身だったそうですが、同じ種鶏場に勤めていた女性と結婚し、1児の父になっているそうです。

DJI_0013

 15時半頃到着して、シャワーを浴びて中に入り、1時間ほど職場の視察。H君の言うように、非常に和やかで仲のいい7人の職場というのがひしひしと感じられましたね。

 終業の16時50分前に一足先にシャワーを浴びて場外へ。せっかくなのでドローンで撮影を行いました。1年ぶりなので立ち上がりの操作に苦慮してたら、みなさんがどんどん外に出てきて、ドローン撮影の見学会に。

 しばらく待たせましたが、やっとこさ立ち上げて、まずは種鶏場の遠景を撮影。その後に皆さんを撮影。この写真よりアップの写真も撮りましたが、もっとどアップの写真も撮ればよかったかな。それに、私と指導員を抜いた写真をとっておくべきだった!大失敗!!

 ドローンを買ってそろそろ丸2年なりますが、まだまだ物珍しく受け止めていただけますし、これまでにないインパクトのある撮影ができることは間違いないので、操作を見せながら撮影会というのを時々やって行ければと思います。

IMG_20190527_135201

 昨日今日と5月とは思えない高温に見舞われていますが、指導員になって1年ちょっとというT君の案内で八幡平市の2農場を見てきました。

 最初に行ったのは、40年を超える古い鶏舎をリフォームして使っている田頭ファーム。場長さんは「外気が33℃で、中も33℃」と言ってましたが、換気扇で風速を結構感じるので中に入るとそんなに暑くなかったですね。

 もうひとつは、4年前に建てられた最新のシステム鶏舎の百尺第3ファーム。こちらは換気扇にプラスして細霧システムも動いていて、24〜27℃程度まで温度が落ちているようでした。エアコンなしでもここまでできるんですね。

 この季節外れの猛暑で、当社内の他の農場で熱死は少し出ていますが、33℃程度ではほとんど問題ないことを実感して帰ってきました。鶏の平熱は41℃ですしね。

 ただ、56歳になった私の肌の感度が鈍ってきているかもしれませんが‥。

IMG_20190508_083625

 私が入社した33年前、国産チキンの鶏種はチャンキーとコッブにほぼ二分されてました。

 世界シェアもそのイギリス産の2大巨頭という感じでしたが、その後、コッブは米国タイソン社の子会社になり、育種改良を米国に移管。そこからコッブがじわじわと劣勢になってきました。

 振り返ると、この2鶏種では目指す育種改良の方向性が若干違ってましたし、育種改良を進めるにあたってのノウハウにも徐々に差がついてきた気がします。

 何度かコッブは親の系列を変えるなどしてリニューアルを図ったのですが、そうこうしている間にライバルであるチャンキーがどんどん改良されるので、歯が立たなかったというところでしょうか。

 米国の気候の関係からか、比べると寒さに弱いという点でも東北の産地としては敬遠する傾向にあったと思います。

 それでも国内代理店として伊藤忠商事さんの系列の会社が、業界のためを思って選択肢の一つとして維持していただいたのには頭が下がります。

 逆に残ったチャンキーですが、ますます世界シェアを拡大する胴元のエビアジェン社、100%供給となる国内代理店の丸紅さんの系列の会社さんの今後の振る舞いに、業界人は固唾を呑んで注目することになりそうです。

IMG_20190412_201610

 昨日は協力会社会議がありました。

 成長した鶏を出荷・運送するところから、鶏糞出し、水洗い、消毒、入雛準備までの各作業を担っていただいている各社の幹部の方々約20名に集まっていただき、1時間ほどのミーティングの後、懇親会、2次会(写真)をするのが恒例となっております。

 これが年2回あります。半年なんてあっという間ですし、お目にかかる顔ぶれは殆ど変わりませんので、少なくとも宴会だけは多すぎかな?とも思えます。

 でも、一緒に過ごしてみると、皆さん嬉々として会話してるようで、これでいいんだなあ。

 ただ、懇親会で挨拶した当社役員のジョークがありましたが、年2度の宴会の場は濃いのですが、日頃の会社とのコミュニケーションが薄いから盛り上がるという側面もあるかもしれませんので、注意が必要かな。

 いずれ、協力会社の幹部の皆さんのバイタリティにはほんとに頭が下がります。

 人手不足の中で、当社のここのところの生産羽数の急増に対処していってもらってるわけで、明るく酒を飲み交わしてるだけでちょっとした安心感を感じさせてもらってます。

IMG_20180929_192302-800x600

 昨日の生産部合宿の京セラフィロソフィ勉強会での、「製品の語りかける声に耳を傾ける」の章でのこと。

 私が「鶏を抱いて寝たいとかいう思いに駆られたことはありませんか?」と聞いたらしばらく皆さん考え込んだのちに、N副部長が一言。

 「抱いて寝はしなかったですが、仙台ファーム時代(20年ほど前?)に鶏舎内で寝泊まりしたことがあります。」

 同じような経験した人に手を挙げてもらったら、他に10人いました。けっこうやってましたね。

 ひよこの気持ちになってみる、を地でいくこの経験、必ずや実になることでしょう。

 湿度を取ってちょっと暖か目なはずですから、意外と快適かもしれませんが。

(写真は懇親会でのスリッパリレーの決勝)

IMG_20180905_104654

 十数年で当社の売買農家さんとして最大勢力となったM氏の一戸町の自宅に、久しぶりに寄らせていただきました。

 管理する32鶏舎の中はこうしてカメラで確認できます。とは言っても、もちろん現場へも足を運ぶことは欠かさないとのこと。手抜きは絶対許さない人ですからね。

 M氏のところにこれから鶏を飼いたいと学びに来る人もいるわけですが、さすがにその仕事に対する姿勢を見る目は厳しい。娘婿さんのことも以前はまだまだと言ってましたが、成長の手応えを感じているとのこと。良かった。

 さて、この部屋に飾ってある「養鶏魂の心意気」の木彫り。「心意気」は松下幸之助さんが好きな言葉なんだそうです。

 魂も心意気も、私は滅多に使う言葉じゃないですが、改めて考えるといい言葉ですね。照れがあるから使わない言葉だったのかな。

 M氏の考え方が社内にどんどん広まるということでも貢献してもらってます。感謝です。

IMG_20180905_091537

 当社のお客様でも台風21号で被災された会社さんがおられたと聞いております。お見舞い申し上げます。

 ちなみに当社施設での台風被害はありませんでしたし、台風が北上のスピードを早めたおかげで、今日は予定通り、建設予定、建設中、最近完成した農場の11箇所を見に行けました。

 で、朝イチで行ったのが岩手山ふもとに建設中の「赤松第3ファーム」ですが、なんと写真のようにトラスがドミノ倒しのように崩壊してました。建設業者さんの被害です。数日で回復するとか。

 さて、鶏肉需要は伸びてますので、業界大手はどちらの会社も増産しておりますが、当社もお客様のニーズに応えようと頑張っておりますし、売買農家さんたちの投資意欲も旺盛で、着実に進んでいる状況を確認でき安心しました。

 ただ、ボトルネックになるのが、地元の建設会社さんの仕事がオーバーフローになること。有効求人倍率が物語ってますので十分わかってますけど、地元の雇用の流動化が進んで、人手不足かつ雇用条件が良いのところに人がちゃんと流れていくことを願うばかりです。

DSCF6940

 4月20日には生産農場長大会が開催されました。出席率は77%だとか。

 経営計画会議に倣ってか、10時に始まり昼食を食べて13時すぎに終了という短縮スケジュールになりました。昼食後は眠くなるので賢明でしょう。

 その昼食は、私は別室にて昨年の各部門成績ナンバーワンの方々8名と。「何だか毎年顔ぶれが変わらないな!」と思わず口に出ましたが、10年程前にはずっと低迷していた売買農家のSグループの後継者がここに居るとは感慨もひとしお。老朽化した鶏舎でもいい成績を出せるのは素晴らしいことですし、嬉しいことです。

 別室から大広間に戻ると、島になってワイワイガヤガヤ昼食を終えて話が止まらない状態。いや〜、この昼食こそ一番価値ある時間かも!と思えました。来年はここをバージョンアップしてほしいな。

DSCF6938

 さて、この会議での品質部動物福祉課からのプレゼンは恒例となっておりますが、今回は「アニマルウエルフェアチェックリスト」を自己採点する時間に。

 手と頭を動かす時間になって、いい企画だったと思います。

005

 先週某日、雪の舞う中、指導員のSくん(写真右)と軽米町の農場を2箇所訪問しました。

 最初の農場の農場長は70歳で引退間近(写真左)。家族の話を聞いたら、30代後半の息子さんがいて当社関係の別な仕事をしているそう。

 あれこれ話しましたが、気にかかるのは息子さんが未婚であることのようでした。

 また、近くの別の農場に訪問。待っていたのは30代後半の農場長で、話がわかりやすく面白いので、指導員が鶏舎を見ている間もずっと話し続けました。

 「鶏飼い」という仕事の深みにハマりすぎて、婚活がままならないと言ってました。

 ご両親が健在で仕事を手伝ってくれているそうで、「それなら、少しご両親に頼って外に出て遊んで、パートナーを見つけるのが先でしょうよ」と言いましたが、自ら潔癖症というくらい手を抜けない質(たち)だそうで、できていないそう。

 いい成績を出す農場長は収入が世間並み以上なのに、嫁が来ないなんて勿体無い。そういうミスマッチが当社内に結構あるのかも。

 以前、社内合コンを何年か連続で企画したことがありましたが、再び仲人的なことに力を入れて、ハッピーに成ってもらって、少しでも人口増加に貢献しなければと、改めて思った次第です。

002

 昨日は、PSCS合同会議にオブザーバー出席しました。

 PSとはParents Stockの略で種鶏農場のこと。CSとはComercial Stockの略で、生産農場のことを言います。当社では、同じ生産部の傘下ですが、九戸の種鶏孵卵課と本社の生産課の合同会議というわけです。

 こうして左右に分かれて、生産成績に大きく影響があるひよこの品質についての情報共有を定期的(これまでは3ヶ月に1度で今年度から2ヶ月に1度)に開催するというものです。

 傍から見ていて、「次工程はお客様」という言葉を思い出しました。

 当社では私が入社する前から「お客様に満足していただける仕事を達成するために全員が力を合わせよう」というスローガンを掲げていましたが、そのサブスローガンが「次工程はお客様」でした。

 当社で言えば、種鶏のお客様は孵卵、孵卵のお客様は生産、生産のお客様は工場、工場のお客様は営業、営業のお客様は本当に売り渡す先のお客様になるわけです。

 プロとして当然ではありますが、この思想の根底に流れているのは、供給過多で川下に選択肢があるという認識でしょう。しかし、時代はだいぶ変わってきている気がします。

 今は、人手不足で作ることが大変な時代。種鶏孵卵課はこれまで完璧な雛を供給して当たり前でしたが、今は川下の生産課が上手に働きかけていい雛を引き出す感覚じゃないかな。

 そんなことを思ったので、最後に私から「次工程はお客様の考えは古い!」とスピーチさせていただきました。

 ま、左右両側から人事交流は結構やってるので、問題ないはずですが。

014

 バイオマス発電所の稼働が始まって以降、裏側では醗酵鶏糞や鶏糞炭化物の生産が収束していき、今は7工場あったうち山形と大野の2コンポスト工場だけが残って、発電所に入る前の鶏糞の水分調整の役割を担っております。

 そして、閉めたコンポスト工場の人員の社内転職先を調整している中で、農場のアウト期間の作業を担当する作業班を補完することが必要になってきているということで、農場サポート課が発足。九戸炭化工場の敷地内(写真右)に事務所を開設しました。

 既存の作業班に合わせて7時から16時の勤務ということで、10人の元コンポスト工場の社員たちが今は、各地の農場に出掛けて行って水洗いやブラシ掛け作業をしています。

 担当役員からは「慣れない仕事なはずだけど、いい仕事をしてくれている」と聞いてます。汚くなりがちな鶏糞を扱うコンポスト工場であれだけ5Sを強力に実践してくれていたのを私も目にしてましたので、納得です。

 「仕事が変わっても、仕事のクオリティはやっぱり人次第なんだ」と改めて感じる報告でした。

DSC_7926_800

 縁があって、当社の本社がある二戸市と隣接する青森県田子町に山口種鶏場が完成し、本日竣工式が行われました。

 暖房した屋内とはいえだだっ広いために、0℃前後の表とさほど変わらぬ中でしたが、参列者は軽装になって、地元の宮司さんには非常に格式の高い神事を執り行っていただきました。しかし、こんなふうに太鼓を自ら叩いての神事は記憶に無いですね。

 田子町といえば、二戸からは十和田湖に行く途中になります。その往復ドライブが楽しいので田子町はときどき通ります。

 それと、以前には、田子町の外れのこだわりの硬い豆腐屋さんが美味しいので、30代の頃はよくユーノスロードスターで往復したものでした。

 そしたら、その豆腐屋のご主人が、今回の宮司さんでした!

 こだわりの格式の高い神事と、こだわりの硬い豆腐‥。共通でした。豆腐屋さんは先代からだそうですが、人口減でも名物は絶やさないでほしいですね。

DSCF6003

 今日は新横浜を7:01に発ち、10:08にいわて沼宮内駅に降りて、11:00からの当社赤松第2ファームの竣工式に出席しました。

 いま調べましたら、12時の気温で現地は−4℃だったんですね。

 非常に寒かったですが快晴で、奥に美しい岩手山が見えて、記念となるこの日に華を添えてくれました。

DSCF6004

 直会は近くの「レストラン花の森」にて、菜彩鶏をメインに料理していただきました。

 18名の参加者には一言ずつスピーチをしていただきましたが、これから予定がある「赤松第3ファームも是非!」と異口同音に言われるのには参りました。

 でも、今は施工業者側が仕事を選ぶ時代でもありますので、ありがたい話です。

 32歳でこの道17年の、若手ながらベテランのここを受け持つ農場長は「いい成績を出さないと皆さんの次の仕事が無くなるかもしれませんので責任重大です」と言ってました。期待しましょう。

DSCF6986

 火事から5日の本日、現場に行ってみました。

 久しぶりに行ったらロケーションが良くて、写真のように高いところから見晴らせました。

 家事になった鶏舎が右側で見えなくなってましたが、残りの11鶏舎がちゃんと建っていることに感謝したくなりました。駆けつけていただいた皆様、誠にありがとうございます。

 翌日は風が強かったそう。その日であれば山火事になる恐れもあったかもとのことで、これぐらいで収まって良かったかもしれません。

 原因究明はこれからですが、鶏舎のどの辺りで火が発生したのかは、同じ鶏舎が11棟建っていることで類推しやすそうです。

 それから、今日まで沢山御見舞を頂戴しました。ありがとうございました。

S_7062560126814

 昨夜、久慈市にある当社の平沢ファームの1号鶏舎が火事になり、全焼。12,000羽の鶏が焼け死にました。

 鶏舎内で作業していた従業員さんは無事でしたし、2〜12号鶏舎に火が移らなかったのが不幸中の幸いでした。

 私は上京中につき、現地でこの目での確認はできておりませんが、メールやLINEで逐次状況報告を頂いておりました。そして、今朝ツイッターやフェイスブックに書き込んだところ、たくさんの御見舞の言葉をいただき恐縮しております。

 当社所有の鶏舎では平成11年以来、売買農家さんの関係では平成21年の管理棟火災以来です。原因を突き止め、しっかり対策を打たなければと思います。

 12、000羽は当社の1日の加工羽数の約6.7%であり32分ぶんに相当しますが、成績が良くて農場在庫になっている羽数が39,000羽だそうですから吸収できてしまう状況です。ご心配なく。

 ちなみに当社の売買農場さんを含む鶏舎数は約1000。そのうちの1つという程度です。

 いずれにしましても、地元の消防関係者の皆様にはご苦労をおかけしました。ありがとうございました。

(鶏舎の骨格が崩壊しているようにみえるのは、消火のために重機で屋根を壊したからです)


007

 先週、若手指導員のN君の案内で、久慈市山形町五枚橋にある苅間澤第1種鶏場に行ってきました。

 育成率も産卵率も順調で、もしかして日本チャンキー協会の表彰も狙えるのではと噂されています。

 ここは種鶏場では珍しい2階建てで、建物はかなり古いのにいい成績出してもらってまして、ありがたい限りです。

 さて、肥育農場では雛にとって人間は巨大で避ける対象ですが、種鶏場ともなると鶏も大人ですしエサも制限するからか、人間は歓迎する対象になるんですね。

 立ち止まると、雌鶏(めんどり)は寄ってきて突っつくし、歩けば後ろから追いかけてくるのです。

 その人懐っこさ、分かってたけどこれほど強烈だったかな? 成績良いのと比例するのでしょうか?

(写真:雌鶏の背中が汚れているのは雄鶏に乗られて良い状態ということです)

004

 本日は、中途採用で若手の指導員S君に同行して、中村ファームに行ってきました。

 久しぶりにここの農場にやってきたので、まず私と農場長の雑談を少ししたのですが、その後は日頃やってる指導員と農場長の会話をそばでただ聞いているという構図(笑)。

 うーん、これって、50年も前に、父が農場に行った時にただただ待ってる私と同じだなと思ったりして。クルマの中だったり、コタツの中でみかん食べながらだったり、その家の同じ年頃か上の子供さんと遊んでもらったりだったけど。

 それにしても写真奥の高いところにある、平成3年に制作した新社名披露のときのポスターが懐かしい。下半分がカットされてるけど、「こころざし、高く。」のコピーが残ってる。懐かしい! このコピーは私があれこれ考えて出来たものです。

 そのこころざしは26年前のもの。今は、そのこころざしがその後どうであったか結果で評価されてしかるべき時。‥さて、どうなんでしょう。

 当時の思いは、とにかく国産が輸入品に押され混沌とした中から這い上がりたいという思いだったと思います。とにかくこの業界を取り巻く環境がぐんと良くなったことだけは言えますね。

055

 今日午後は、指導員のT君と一緒に洋野町の柏木ファームに行ってきました。

 ご主人は長く勤めた建設会社を辞め、数ヶ月の他農場勤務を経て、お父様のやっていた小規模農場の鶏舎を取り壊し、最新の鶏舎を補助事業の支援を受けて建設し、飼育を初めて2年ほど経過しているという方です。

 当社のなかでは中規模の売買農家さん。ご夫婦でやっていて、繁忙期には経験者であるお父様の力を借りるという理想的な形で、ここ3回転ほどは過去最高の成績を更新中。

 子供3人を育て上げている最中だそうで、「お陰様で東京の大学に行かせることが出来て感謝してます」と言われ嬉しかったですね。

 今日は、こちらが元気をもらいました。

005

 午前中に、入社4年目のT君の案内で九戸村の3農場に行ってきました。近いですが、どれも初めて行った農場でした。実は自社ながら行ったことがない農場は結構あります(笑)。

 真下ファームは30年前に豚舎として建設され、22年前にその会社が傾き、縁あって当社のチキン農場に鞍替えして今に至っているとのこと。

 写真のように旧豚舎ということで、上に空気が抜ける設計に成っていたので、冬はやはり成績が上がらず、夏は逆に良好だそう。最新の設計の専用鶏舎に比べたらいろいろ苦労するでしょうけど、成績自体にそんなにハンディはなさそう。農場長には感謝です。

 ちなみに当社には、元採卵鶏の農場だったという鶏舎もあります。同じ鶏だからと素人目には思うでしょうけど、採卵はケージに入ってるので、平飼いのチキン農場とは全然違うんですよね。

016

 たまたま今日手元に届いた雑誌「畜産の情報」にはこんなグラフがありました。

 いまチキンの消費は上昇傾向で、過去10年で4割アップと聞いてます。国内生産もこのように増えています。

 しかし、輸入がそれ以上に増えてて、チキンの自給率は最新のデータで65%まで落ち込みました。ついこないだまで69〜70%だったはずなのに。

 他用途の畜舎を鶏舎に鞍替えしてでも、生産量を増やして行きたいものです。

065

 4月26日は、九戸村公民館HOZホールで「種鶏農場長会議」を開催しました。

 前年度の成績優良農場を表彰する場面が有りましたが、とても印象的でしたね。

 優秀賞のE農場長は、今では他社に譲渡した種鶏場が最後に出した成績での受賞です。

 その種鶏場は宮城県金成町にあってこちらからは遠いので譲渡を決断したのですが、こちらから派遣されて行ったE農場長だったわけですが、「チームワークが良くなってきて、今回良い成績で有終の美を飾る事ができた」と言ってました。

 平成3年に譲り受けて以来、せっかくいい雰囲気になってきて、いい成績を出したところなのにその場長を外して他社への譲り渡すなんて、社員の皆さんのことを考えるととても心苦しい展開なわけですが、譲り受けた会社さんで光り輝いてくだされば嬉しいです。

 そして、最優秀賞のM農場長は、30年の農場長経験で初めての受賞と言ってました。

 受賞後のプレゼンでは、6人の職場での集合写真の場面で感謝の言葉を話しておりましたが、その写真での農場長の無愛想なところがまたなかなかいい(笑)。

 交尾する親鶏や卵という非常にデリケートなものを扱う仕事柄、チャラチャラした明るさは必要ないのかも。そこに朴訥とした岩手県人がぴったり合っている。

 そんなふうに思える2人の受賞スピーチとプレゼンでした。
 

DSCF8243

 H5N6型が猛威を奮っている今シーズンの高病原性鳥インフルエンザですが、家禽の4例目までが青森県と新潟県の農場で占めており、西日本に偏る例年と違う展開で緊張が走っていた東北の我々なわけですが、今日のニュースでは両県ともに移動制限解除に向かってきており、喜ばしいことです。

 では、その原因は何だったのか? 手元の業界紙の「鶏卵肉情報」12月25日号に「農林水産省の疫学調査チームが現地調査(1〜4例目)の概要公表」という記事があり、改めて目を通しました。

 以前から言われていることですが、4農場に共通しているのは、やはりネズミとか猫とか野生動物が入れるほどの空間が見受けられ、実際動物の死骸があったりということのようです。 それじゃあ、人が徹底して靴を消毒して入っても意味が無いわけですね。

 とにかく徹底して対策が打てるか。その対策は人がやります。人は完璧ではないわけです。

 うちの農場長だけでも180人いるわけですが、そのうち5人くらいは会社側で声高に言ってもピンときてないかもしれない。分かってても家庭で悩みごとがあって仕事に集中出来ていないかもしれない。完璧を目指せと説いても、85点で満足する人かもしれない。目が悪くて穴が見えない人かもしれない。

 昨日の役員会では、当社は、農場長、生産部指導員、品質部の担当と、トリプルチェックでやっているので、抜かりはないはずと報告をしてもらってますので、大丈夫と信じております。
 
 しかし、こればかりは結果次第で何とも言えますね。

IMG_4120

 農場に限っての高病原性鳥インフルエンザ発生でいえば、5年前に千葉県であったことでより身近に脅威が迫っていると感じましたが、その後しばらく東日本で発生がなく安心しておりました。

 そこに、今年は岩手を含め野鳥での検出が相次ぎ、心配してましたが、やはりといいますか、青森のアヒル農場新潟の採卵養鶏場で発生ということで我々ももちろんですが、業界中かなり神経質になっています。

 しかし、だからといってこれまで以上の対策を取りようもなく、地道に当たり前のことを当たり前にやるだけです。組織的な防御態勢はかなり高くなっているはずと信じておりますが、果たして無事に春を迎えることが出来るか‥。

 この冬は当社関係者の国内外の出張は制限がかかりますし、自社農場への出入りは私の立場でも遠慮しようと思いますし、バイオマス発電所もその範囲に含まれることになりそう。

IMG_3136

 先週の土曜日、10月15日夕方から年に2回の協力会社会議がありました。

 その前々日に中国から「懇親会のテーブル席はいつも同じか?」とスケジュールのメモ欄に投げかけておきましたら、考えてくれたようです。

 最初は全然分からなかったのですが、それが「世代別」でした。おお、真正面から来たか!

 ちょうど60代、50代、40代、30代の4テーブルに分けられた感じ。

 とりあえず同じ50代のテーブルで、ウルトラQを現役で見たかとか、新人類は昭和37年生まれからとかいう話題を提供して、協力会社の幹部の皆さんと盛り上がりました。 

 でも、やっぱりいちばん話したのは最も若い人たちがいる席だったかも(笑)。ついつい!
 
(写真:どうも最近赤被れしてるなと思いましたら、ホワイトバランスいじった跡がありました。キヤノンG9Xですが、タッチ操作でおかしくなってたみたいです)
 

IMG_2721

 10月1日から翌2日まで、生産部と環境部の合同合宿は湯瀬ホテルで開催されました。

 宴席の決め方は、事前アンケートでオフタイムの趣味別でした。私は「運動大好き」のテーブル。確かに日頃からスポーツ好きと聞いている連中でした。

IMG_2728

 テーブル毎に趣向を凝らしたアルコールが入ってからの競技は2種類。どちらも体を動かしてやるものでしたから、当然我々がナンバーワンかと思いきや‥。

IMG_2730

 座布団重ねるゲームは欲張ってまさかの0点。これを見た他チームは途中で止めてましたっけ。でもビリにならずに罰ゲームを逃れてよかった。

 それにしても、他テーブルの顔ぶれがなかなか興味深かったです。「車・バイク大好き」のテーブルにはニアミスしましたが、彼らのあまりの濃さに、やっぱり自分の車趣味なんて上っ面だけだと再認識した次第。

DSC_3031_800

 絶好の天気の5月20日、軽米町の新農場、いちいファームの竣工式がありました。

DSC_3073_800

 もともと採卵養鶏(レイヤー)の農場のあったところでしたが、その農家さんから土地を買い上げて鶏舎を建設して、農場長はオーナーの方にそのままやっていただくというパターンです。

 同じ鶏ですが、採卵養鶏とは全然違って、短期勝負の世界で緊張すると言ってましたが、これまでの間当社内3農場で経験を積み、人脈も作れたといいますし、農場長は非常に真面目な方ですので、安心して任せられます。

 願わくば48歳独身とのことで、パートナーができれば、仕事もよりスムーズに‥。

DSC_3267_800

 今回は、社会全般から見たら、たまたま採卵から食鳥への変更です。
 
 もし仮に、日本人が国産鶏肉を食べなくなって、国産豚肉ばかり食べるようになったら、我々は一斉に豚舎に変更するでしょう。

 変化に対応することが、民間企業の務め。変わり身の速さが、生き残りの鍵。スタッフにはいい仕事をしていただきました。 

↑このページのトップヘ