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 昨日、蠧本食糧新聞社の杉田社長と幸島編集長がおいでになり、発行する「月刊食品工場長」のインタビューを受けました。

 事前に質問事項を頂いておりまして、その最初に「1950年の創業からの歩みと転換点となる出来事」とあり、その後者「転換点となる出来事」について振り返って考えてみましたら、3つ浮かびました。

 1つ目は、1964年の採卵養鶏からブロイラー養鶏への転換。農協主催の講演会で「これからはアメリカからブロイラーという肉専用種が輸入されて主流になるであろう」という言葉に創業者が直ぐに反応して、「抜きオス」つまり採卵用の品種のうち残念ながらオスで生まれたものを肉用に飼っていたのからブロイラーに転換したということ。

 2つ目は、輸入チキンの台頭で2期連続赤字、債務超過寸前となり、前後して社名変更と銘柄鶏の菜彩鶏を売り出し、加工工場も開設して付加価値路線に舵を切ったこと。加工工場はその後撤退したのですけどね。

 3つ目は、東日本大震災で飼料供給が途絶え1ヶ月の売上が飛ぶという惨事のあと、FIT法(新エネルギー買取法)と津波補助金が創設され、それに対応してバイオマス発電所と久慈工場増設、さらにスープ工場開設まで決断したこと、と答えました。

 今年で創業74周年となる当社ですが、100周年までは更にひと波乱ありそうです。どんな転換点が待ち受けているのやら。