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 PJ二戸フーズ労働組合の45周年、誠におめでとうございます。

 当社の歴史を振り返りますと、1950年に創業者十文字健助が中学卒業と同時に鶏の飼育を開始し、1960年には結婚を機に本格的に事業拡大に着手し、翌1961年に二戸市石切所字穴牛にて廃鶏の処理を開始したことに原点を見出すことができます。

 その後、抜きオスの処理を経て、1966年にブロイラーの処理が始まっています。当初は体重1キロそこそこで、しかも歩留まりの非常に低い生体でした。

 その後、日本経済は高度成長期を迎え、ブロイラー産業は大きく伸長。その中で当社は丸屠体出荷からいち早く解体を開始し、首都圏への供給で支持を集めました。

 1976年には法人化し株式会社十文字ブロイラーとなり、1991年には株式会社十文字二戸フーズへ社名変更。翌1992年には仁左平に工場移転し、2006年株式会社十文字チキンカンパニーに吸収合併。

 そして2016年より1日480分稼働、2017年からはプライフーズ株式会社の資本参加のもと株式会社PJ二戸フーズとなり、生鳥処理を受託するようになっています。このように大きな変化を経て来れたのも、貴組合の理解の賜であり感謝申し上げます。

 労使関係を振り返りますと、高度成長の時代背景のもとで、日本人の賃金水準が急上昇し、当業界の事業規模も急成長し、賃金交渉の場では切磋琢磨があったわけですが、その後、バブルが弾け、輸入チキンが台頭してきて国内生産は平成3年をピークに減産に向かい、貴組合は「会社あっての組合」と協調路線に転換していただきました。

 その後、日本人の魚介類消費の減少に伴い鶏肉消費は増加し、さらに鶏の育種改良や工場の大規模化、機械化が進んだことで国内生産が息を吹き返し、またカイゼン活動などにより地元を代表する企業として満足いただける賃金・賞与の回答ができるようになって参りました。

 今回のコロナ禍は当業界にとっては追い風でしたが、これからどのような障害が待ち構えているかわかりません。

 いずれ、経営の立場からは、社員の皆さまと気持ちを一つにしてチームでいい仕事をして、お客様に喜んでいただき、時代の荒波を乗り越えていきたいと願っております。

 これからもよろしくおねがいします。

(コロナ禍で式典と祝賀会は中止になり、記念誌を頂戴しました)