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 整理・整頓・清掃・清潔・躾の5S。いろんな解釈があるわけですが、私としてはそれぞれ次の言葉として腹に落ちていました。

 整理:要らないものを捨てること。その結果、大事なものが見えてくる。

 整頓:あるべきところにありすぐ取り出せること。あるべきところは工夫・改善でどんどん変わる。

 清掃:新品の状態に戻すこと。

 清潔:‥。

 躾:ルールを徹底して守ること。挨拶で確認できる。

 というわけで、清潔はまだ決め手に欠ける状態でした。本には「整理・整頓・清掃を継続してやること」とか「ピカピカにすること」などとありますが、そもそも整理・整頓・清掃が行為であるのに対して、清潔は状態というか結果ですから難しいところですね。3月にも社員との打ち合わせの時に、この言葉で詰まってしまいました。 

 そんなところに、定期的に頂いている株式会社アイウィルさんからのダイレクトメールに、切れ味鋭い染谷和巳さんの文章が載っていまして、なるほどなと感心した次第。どちらかと言うと「清潔」を否定する視点でしたが(笑)。いくつか引用しますね。

 清潔とは見た目の汚れがない状態ではなく、無塵、無臭、無菌の状態を言う。

 清潔は人の力が加えられていない自然界では不要の概念である。大自然の中では空気中の塵も臭いも黴菌までもあるがままにあるのであり、何の害もない。

 工場ではその不潔をなくす必要が有るので清潔を5Sの一本の柱にしたのである。


 極論すれば清潔志向や清潔維持の努力は人間性を損なう一面がある。

 潔癖症という病気がある。潔癖症には二種類ある。不潔恐怖症と完璧主義者。

 不潔恐怖症の人は黴菌を恐れる。電車の吊り革やドアノブを素手でつかめない。古本は買わない。ものの貸し借りが出来ない。温泉など公衆浴場に入れない。女性は子供を産んで赤ん坊を育てるうちにこの病気を克服するケースが多いが、一生治らない人もいる。放射能が怖くて海の向こうまで逃げた人はこの病気である。

 もうひとつの完璧主義者。水も空気も「純」でなければおさまらない。100%主義。0.1%の汚れが許せない。

 無菌は工場や病院以外ではいいものではない。赤ん坊を無菌培養すれば環境に適応できず病気になって死ぬ。 

 
当社は食品会社であり、やはり「無菌」を目指さなくてはならないわけで、当社にとって清潔は「目に見えない菌を減らすこと」と解釈すれば、整理・整頓・清掃と同列の存在感を示すことになりますね。これでスッキリか。

 しかし、ネットで検索してみますと、羽根田修さんのこんなページが有りました。 清潔とは「自分自身を清潔に保つこと」。なるほど。整理・整頓・清掃はモノのことで、清潔・躾は人のこと。この解釈もいいな‥。

 当社の農場や工場を思い浮かべると、整理・整頓・清掃でハードウェアの清潔は保てるわけで、あとは人が汚さないことですもんね。

 清潔:自分自身を清潔に保つこと

 ‥としましょう。

(写真:本社玄関の手洗い場)