
昨夜は、全国食鳥新聞社の名物記者である高久潔氏が引退されたということで、「21世紀の会」の送別会が神楽坂の鮒忠で開催されるはずでした。

噂では聞いてましたけど、その送別会の主役が残念ながら不在で、この集会の看板が「21世紀の会20周年」になってました(笑)。もしかしてそういう頃じゃないかとは思ってましたが、それもいい。

いや、おそらく「20周年だから集まれ!」ではこんなに集まらなかったのではないでしょうか。「高久さん送別だから集まれ」ということで全国各地から集まってくれたと思います。
それだけ親しまれた名物記者さんでした。なんだかんだ言いながら、結果的には大成功の集まりです。小山雅也現会長はじめ幹事さんたち、ごくろうさまでした。

それにしても、21世紀の会も20周年。言い出しっぺの私も最近は殆ど出席してないですし、世代が3分の2変わっているので、チャーターメンバーがこんなに集まるのはほんとうに懐かしい。

ちなみに、「21世紀の会」は、その当時、チキン業界が輸入品の台頭により危機的状況に置かれていて、「食鳥問題研究会」が我々より上の世代で組織され熱いディスカッションが始まったのに刺激されて、次世代の若手も集まってディスカッションできる雰囲気を作っておこうということで始まりました。

まずは発起人に、片平剛太郎さん、阿部繁之さん、辻貴博さん、私という形で招集を図りました。業界紙に第1回目の会合を日本食鳥協会の会議室でやるということで書いていただいて、見知らぬ顔ぶれが集まってシーンと静まり返った空気から始まったことをよく覚えています。

もともとは国内産地の経営者ばかりで構成しよう、あるいはそれ中心で行こうよ、という意図があったのですが、それだけでは会員数が増えず、種鶏孵卵からも、飼料からも、卸からも、小売からも、それに業界誌各社からもということで20人近くになんとかしたのでした。

それから年齢制限も設けました。若手の会でしたから、21世紀を

そもそも21世紀の会というくらいですから、21世紀になったら解散するのが自然でしょうと勝手に思っていたのですが、歴代の会長さんたちの尽力により、そのままの名前で会員の顔ぶれが徐々に変化して確固たる存在感を示しています。
特にヒノマルの田村貴博さんには、この比較的緩かった会にしっかりと骨組みを作っていただきました。

この1次会だけで3時間半も語り合いましたが、全然飽きずに会話が続いたのではないでしょうか。懐かしい話がそちこちで出ていました。

どこぞの温泉で楽しく飲んだ思い出。「今の若い世代はそんな馬鹿しないよな〜」みたいな話を始めるところを見ると、我々もすっかりオジサン世代になったということでしょうか。

若い会員には、社長になりたてで悩んでいる会員もいました。うまく行ってない事業をお持ちの方も。悩みを抱えながら皆さん頑張ってらっしゃる。

こうしてみると、盛和塾の仲間は2社いますし、武蔵野さんの経営サポートパートナー企業の後輩もいますし、私も学んだコンサル会社の世界に入ろうとしている企業もおります。

サラリーマンの方も含め、個々には違う仕事でも、このチキン業界で歳を重ねても熱い若い気持ちの会員たち。いやー、21世紀の会、掛け値なしに素晴らしい会だわ。まだ会員募集していますので、これからでもどうぞ参加してください。

遅れて日本食鳥協会の女性スタッフたちも出席。そして、な、な、な、なんと、高久さんの奥様(左端)が駆けつけてくれました。会の盛り上がりは最高潮に。奥様のスピーチで、高久さんは地球の裏側にいるということがあかるみに。
確か、40代で違う業界の記者から食鳥新聞の記者に転職した高久さん。業界を愛し、業界人を愛し、ご意見番として活躍され、21世紀の会でもたくさん違う角度からの発言をしてくれました。

業界は離れますが、21世紀の会のOBとして案内が行くこともあると思いますので、その時には懐かしい再開を果たしましょう、高久さん!