
岩手めんこいテレビの番組審議委員を、1991年の開局と同時に6年ほどやらせていただきました。
岩手銀行の頭取や作家の高橋克彦さん、StereoSound誌の連載で存じ上げていた菅原正二さん(一関ジャズ喫茶”ベイシー”で有名)といった雲の上の方々に混じって、なぜ私に白羽の矢がたったのか?
たまたま付き合いのあった広告代理店のG氏がめんこいテレビに転職して推薦したからでした。いわく県北代表かつ20代代表ということで。
そうそう、同じ年で東大卒で農水省キャリアをあっという間にドロップアウトして東和町に嫁いで話題になった役重真喜子さんもいらっしゃいました。
8月と12月を除く年に10回、ホテルメトロポリタン盛岡で昼食を食べながら30分ほどの番組を見て、それについて論評するのですが 私はどちらかというとこういう番組を作った背景のようなものを感じて、批判よりは擁護する立場が多かったような気がします。他の委員は厳しかったものですから(笑)。
終わったあと、数人の委員で集まってよくお茶しました。ベイシーの菅原さんと、舞踏家の山口久美子さんと3人とはほぼ必ず。
こんなに楽しい立場をずっと続けてていいのかと疑問を持ち身を引いたのですが、その時に高橋克彦さんが忘年会兼私の送別会ということでご馳走していただいたのが嬉しかったですね。
メンバーのキャラが立っていて、とても楽しかった番組審議委員時代。その縁もあって、つい「めんこい事業協同組合」という名前の組合にしてしまいました。岩手のイメージが浮かぶと思ったので。お赦しください。