7月15日、久慈工場が30周年を迎えました。‥と、後で聞きました(笑)。
二戸工場に次ぐ第2工場を建設すると言うことであちこち適地を探した際に、久慈市役所の手厚いバックアップが決め手になって、久慈市の誘致企業第1号として現在の場所に進出したと聞いております。
81年、85年、90年と3度の増築を経て、日産5万羽を超えるキャパシティとなり、かなり長い間、国内ナンバーワンの処理羽数を誇っておりました。
また、品質面でも当社を代表する工場として、お客様の支持は一時は神話に近いものがあったと記憶しております。
もともと水産の町である久慈市やその周辺の町村から600人が集まってきて、日々工場を稼働しているわけですが、二戸から行くといつもその明るい浜の気風に圧倒されます。
久慈に進出して本当に良かった。当社の歴史の中でも非常に幸運を招いた決断だったと思っております。
30年前か‥。父がこの工場に入っている間、中学生の私は車の中でずっと待っていた記憶があります。その頃はDSも無かった。聴いていたのは確か‥、南沙織のカセットテープ‥。