きまじめチキン日記

株式会社十文字チキンカンパニー 代表取締役社長 十文字保雄

2009年09月

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先日紹介しました久慈市内にある「焼鳥コウジ」は、当社を脱サラして始めた4年目のお店ですが、その先輩格で同じ久慈市内に出して既に11年目になると言うお店があります。

その名は「やきとり三吉」。久しぶりに昨夜行ってきました。

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ご主人の田面三郎(たおもてさぶろう)さんはいくつになったかな、結構な年だろうなと思い行ってみましたら、まだ57歳で髪が染めなくても真っ黒で、顔の色つやも良い! そうか、私の今の年と同じ46歳で脱サラして始めたわけか! そういえば「コウジ」の根井耕治さんも同じ年のはず。

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コンサルの小杉直輝先生を交え、美味しくごちそうになってきました。先生はスペインの旅で2キロ増えてダイエットしなければならないとのことでしたが‥。

ところで、久慈という小さい町に、あの亡くなられた三沢光晴選手が主宰する「プロレスリング・ノア」を知人のよしみで呼んだガッツのある娘婿さんが厨房で焼いてました。また何かやってくれそうな(?)好青年です!

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(写真:左が小杉直輝先生、中央が田面さん)

日本一フード1

 日本一の規模の焼き鳥工場を目指す(株)日本一さんの子会社の日本一フード(株)岩手工場が、二戸市内に出来まして、竣工祝賀会に招かれ行ってきました。もう155名だそうですが、200名で日本一にしたいとの事です。

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 200店を超える店舗を全国に持つ日本一さんが初めて自ら工場を所有してやり始める事業として、この全国有数の鶏肉の産地を選んだわけで、それを聞くだけで品質にかける意気込みが感じられます。

 それ以上に、二戸市民として、小原市長自ら誘致企業として積極的に関わり、あっという間に実現されたことに敬意を表したい気持ちで行ってきました。

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 それにしても、行ってみますと玄関に店舗と同様な陳列スペースを設けお客様に食べて頂けるようにしたり、託児スペースを設けたりと、工夫を凝らした建物でした。

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 また、工場内に社員が勢揃いして、窓越しに揃って頭を下げるなど、なるほど素晴らしい演出でした。

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 懇親の場では、地元の演舞も2組用意され、地元密着の意志も感じましたね。

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 最後は、パラグライダーによる祝賀飛行から「散銭」のはずでしたが天候の都合で、社内で行われました。


九戸城跡4

 先日、4年生の次男がサッカーの仲間と遊ぶというので、集合場所の九戸城跡に連れて行きました。

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 そこに集まってから誰かの家に行くのだと思ってましたが、予定の16:00に迎えに行ったら、今時の子供にしては珍しく外で遊んでいるではないですか! なんだか缶蹴りみたいなのをやっているようだ。おー、珍しい!!

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 「まだいい?」と言うので、あ、ちょうど良いから持ってきているコンパクトカメラで九戸城跡を撮影しようと思い立ち、「いいよー」。1時間半ほど、電池が切れるまで撮影しました。

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 実は、私の実家のある穴牛という集落はこの近くでして、父は「ご先祖様は、九戸城の関係の馬の飼育をしてたんじゃないか」と言ってます。

九戸城跡5

(以上の写真:パナソニックのDMC-LX3でRAW記録し、SilkyPixで現像)

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 15日でリーマンショックから1年だったそうで、マスコミではその節目が世界でどう迎えられているかを盛んに描いていましたね。

 日本的な「反省」の観点とは裏腹に、徐々に回復してきているファンダメンタルの中で、更に高度な投機ビジネスや、困った状況の中での新ビジネスの台頭があって、「めげないな。ある意味、人間って凄いな」と思えたりします。

 既存のリッチな人たちにとってはひどい目にあったわけですが、そうでない人にとってはまさにチャンスでしかなかったとも言えるわけで、これから5年、10年で、この時期の自分に起きた出来事をテコに飛躍できましたというサクセスストーリーがあちこちで聞かれるんだろうなと思います。

 チキン業界は、日本経済の屋台骨といえる自動車業界より遅れてじわじわと厳しくなり、いま自動車業界は既に回復基調になっているようですが、チキン業界は秋の行楽シーズンを迎えても、まだ光が見えませんね。

 スズキの鈴木修会長が、カラーコピー機を会社から追放した場面が脳裏から離れず、さて、この厳しい環境を糧にしてどう脱皮しようか、社長の仕事を始めなくては。遅いか‥(笑)。

(写真:久慈工場の事務室で)

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 「2008 日本人の食生活」という本を、いつも行く二戸市内の本屋さん「アイックス」のカウンター前のワゴン販売で発見し、お安かったので買ってみました。

 これを見ると、鶏肉の消費は鳥インフルエンザで微減と書いていました。へえー、データの取る時期次第でそういうデータも出るんですね。

野菜の消費ナンバーワン

 それから一番なるほどなと思ったのが、野菜の種類別購入量の図(写真)。地元の盛岡市が、だいこん、ごぼう、ねぎ、たまねぎの4冠王!

 更に、近隣の秋田市が、キャベツ、ほうれんそう、なすの3冠王。青森市も、もやし、かんしょの2冠。

 私が子供の頃は、食事のうちご飯が4分の3を占めて、野菜のおかずがほとんどで、魚がときどき、肉はたまーにでしたから!

 子供の頃の習慣は恐ろしいもので、今でも努力しないと、定食なんかですと、ご飯がすぐ無くなりおかずが残ります。

 おかずを全部食べてご飯を残すと、何だか誘惑に負けないでダイエットした自分を褒めたくなります。

 何だか変な習慣になってしまっていますが、この習慣はわが子たちには全く理解できないでしょうね。もう、私も古い世代かな‥。

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 子供たちが揃って家内と行動を共にするというので、今日は珍しくフリー。

 先日買った自転車が、実は最初からちょっと調子が悪いところがあって、お店に戻して調整して貰わなければならないところなので、二戸から八戸まで自転車で戻ってみることにしました。

 今回はご覧の通り(サッカー会場からホッケー会場に移動途中の長男が撮影)、安全のために目立つスタイルで行きました。道もなるだけ国道を回避して半分以上は旧道を走って、国道でも歩道をなくべく走って‥。

 鳩山首相は、高速道路無料化で温暖化ガス増の穴埋めとして、是非、自転車道建設促進をやって貰いたいですね!自転車の人気が高まっていると言うし。

 さて、帰りの新幹線の時間もあって、行程の2時間半ほとんど休まず走りました。到着1キロ手前で足がつり、10分後に雨が降ってきました。ツイてた!

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 似たような経験をお持ちの方は同世代にたくさんいらっしゃると思いますが、私のエアチェック歴を遡ってみます。

 始まりは、確か小学校の時でした。ラジカセ出始めのその頃はモノラルで、マイクが前面に付いていまして、それをテレビのスピーカーに当てて録音してました。

 録音の最中は、家族に静かにするように厳しく言い、物音で雑音が入ると、母であろうと本気で怒ったものでした。

 その後、小学生のうちに土曜日午後、NHKFM盛岡放送局の「リクエストアワー」でヒット曲を録音することが習慣になり、リクエストハガキを出すこともしました。初めて読んでもらったのは、あの三宅民夫アナでしたね。

 中学生になって早々、FMfanという雑誌を毎号欠かさず購入するようになって、フュージョン系、ニューミュージック、ポップスを中心にアルバムをほとんどそのまま放送する番組を録音したものでした。

 その頃、カセットテープも新製品がどんどん出て音が良くなるものですから、レコードを買える経済力がない私はどんどん録音しましたね。録音開始と終了時にリアルタイムにボタンを押さなくては成らず、スリルがありました。

 録音したら、カラーペンを使ってカセットテープを飾ったり、FMfanなどから写真や曲名を切り抜いて貼ったりしました。

 盛岡でひとり暮らしをした高校の時はエアチェック熱が少々冷めて、欲しいレコードを選んで買うことが中心だった記憶があります。

 東京の大学に入り、レコードレンタルが始まり、池袋のその当時の大手の「友&愛」の常連で、どんどんテープが増えました。

 また、ビデオデッキが普及しだし、3倍速で録画できる機種を買って、1巻に3本ずつ映画を録画してました。確か当時1本2000円くらいしてましたが‥。

 そうして、カセットテープとVHSがどんどん貯まっていきまして、カセットで500本、VHSで100本はあったと思います。

 卒業後、実家に戻り社会人になって、VHSのコレクションはまず見ることがないので、あっさり捨ててしまいました。またお気に入りのカセットの曲の入ったCDを見つけて買って、徐々にカセットもコレクションも減っていき、今ではどちらもゼロです。テープメディアに愛情はありましたが、不具合もよく出るので憎しみもありましたので?

 その分CDは増えていき2000枚。それと、DVDやBDメディアが安くなってきたこともあり、ついつい番組を録画したモノが増えてきています。

 中学生の時やったように、画像をインターネットから探してDVDレーベルにプリントしたり、タイトルをテプラで4mmのテープに印刷したりして着実に増えております。

 CDの棚の最上段のなかなか手が届かないところに並べているのでなかなか再度見ることも無い(笑)のですが、将来、「これ録画しておいて良かった!」と思えることを期待して‥。

 それと、一連のエアチェックの手続きが手軽で、理屈抜きに楽しいのでしょうね。

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 学生や就職活動にまつわる著作で最近、目に付いた2冊を出張中に読んでみました。ちなみに最近は荷物を減らすために、文庫か新書です。

 「就活のバカヤロー」は昨今の就職活動にまつわる企業、学生、大学、情報会社の現実を俯瞰できる本になっています。

 俯瞰できる立場からすると、就職活動にまつわる一切合切が2人の著者にとっては一言で「バカヤロー」であり、非効率・不合理な茶番劇だと切り捨てています。

 「下流大学が日本を滅ぼす! 」はベストセラー「下流社会」で名をはせた三浦展氏による、おそらく口語筆記で編集者がまとめた内容で、かなり遠慮無く、学生を取り巻く今の生ぬるい社会を鋭く切り捨てています。

 特に、親が貧乏してお金を稼いでやっと子供を大学に入れても、貧乏している学生が奨学金を貰っても、当人は有らぬ方向に行ってしまう悲劇が描写されていて、苦笑いしてしまいます。

 これら2冊の著者の怒りを一言で言うと、「合理的な社会にもう少し成れよ!」と言っているように聞こえます。

 折しも民主党が政権を取ってあれこれ改革をすることに期待は大なのですが、とにかくこの日本は合理的・効率的にもっと成れば、より多くの人がもっと幸せに暮らすことが出来るような気がします。

 テレビで中国の急激な経済成長の影で、いろいろな軋轢が発生しかわいそうな人が報道されると、つい日本人としては「中国って不条理で可愛そう」って思うのですが、今の日本も変わらないかも‥、と思えた2冊でした。

 しかし反面‥、不合理なほうに行きたがるのが人間なんだよね!とちょっと反論もしてみたくもなりました。

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 鹿児島出張のついでに、日本一の唐揚げのまち、大分県中津市に行ってきました。郊外も含め40店以上の唐揚げ店があるらしいです。

 その日、早朝というのに、取引先のT社長直々に送ってくださって、朝6:00の鹿児島中央駅発の新幹線に乗って、新八代、博多、小倉と乗り継いで中津に着いたのが10時前。

 早速レンタカー屋さんへ。「おすすめの唐揚げやさんは?」と聞いたら「村上がいちばんお勧めです!」と力を込めて言うので、ちょっと遠そうな「村上からあげ」から。

村上

 15分ほどで到着。注文してのんびり10分ほど待たされる。お母さんに「何年やっているのですか?」と聞いたら、40年ですって。さて、やっと出来上がり。朝食抜きでしたので待望の食べ物。これが一番お勧めの味か! 甘さがあってこれは美味い! 慌てて食べてこの時点で既に口の中がやけど状態に(笑)。

 この「村上からあげ」のある本耶馬渓町って観光地らしくていい雰囲気でしたが、ここは我慢して、さて次は市内に戻ろう。

泰平

 次ぎに寄ったのは「泰平からあげ店」。気さくなお母さんが作ってくれました。これも美味しい。さっきのとなんだか似ている味でした。これが中津の味なのでしょうね。

ふじや

 3店目は「ふじやからあげ大貞店」。玄関の壁一面に、この店が紹介された記事などが飾られていました。更に後味が良くって、サイズ小さめで食べやすい。

とよからあげ

 4店目は‥、レンタカーのラジオのスイッチを入れたら地元のコミュニティFM局が、今日開店のからあげ屋さんのことを盛んに放送していたので、中津東中学校を目印に行ってみたら、残念‥売り切れでした。

チキンハウス

 5店目は「チキンハウス」。国道沿いで、全国に発送もしている店です。すっかり中津のからあげは白いと思っていたら、こんがり茶色のから揚げでした。

もり山

 6店目は「もり山 万田店」。珍しく複数の若い女性の声が聞こえてくる厨房でした。「もり山」は草分けらしいですが、なかなかニンニクが強かったですね。

 ここで、胃の中がから揚げとお茶だけだということで心配になってきて、セブンイレブンでおにぎりを購入。しかしこれで急速に満腹感が‥。

ホットチキン

 7店目は失礼ながら通りがかりについでに寄った「ホットチキン」。弁当屋さんなので、から揚げだけでは380円とシンプルなメニューでした。しかしこれもしっかり中津の味してましたね。キャベツの千切りもついてましたよ。

大吉

 8店目は東京進出もしている「からあげ大吉本店」。これまたニンニクの味が強かったですね。

ぶんごや

 9店目は精肉屋がついでにやっているという「豊後畜産ぶんごや」。丸々として薄い衣が独特でした。もうお腹一杯だあーーー。

 さて、食べ残したから揚げを持ち帰るための容器として‥、駅前の100円ショップにて購入して持ち帰ったのですが、電車の中でも飛行機の中でも、甘いから揚げの香りを発散してしまいました。やっぱり完全密封の容器が必須ですね。

 夜9時に帰宅して風呂に入ってからも、讃岐うどんと、冷めたから揚げをたらふく食べました。いやー、美味い。大満足! そのおいしさの水準の高さにはやっぱり脱帽です。

 それにしても、私が出かけた時間帯はどこもそんなにお客さんがいなかったですね。夕方ビールのおつまみにと買い求めるお客さんが多いのでしょうね。そう思うと底知れない普及度だと思えました。

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 二戸市内の本屋さんで、雑誌、現代農業 2009年 10月号 の山積みを発見。今月号の特集は「堆肥栽培 列島拡大中」じゃないですか。会社では定期購読してますが、良い機会なので購入しました。

 まだ読んでないですが、引き続き、このタイトルの通りの基調で進んで欲しいものです。

 そうなったのも、世界的に景気が良く、原油価格が高騰し、化学肥料の高騰があったからです。化学肥料の市況は一時期に比べると落ち着きましたがそれでも高水準だと春には言われておりましたが、今でもそうなのでしょう。

 12日放送のNHKスペシャル「金融危機1年 世界はどう変わったか」では、再びアメリカのファンドマネーが動き出している姿が描かれていましたが、日経平均もアメリカの株価も徐々に回復しているわけで、有機肥料にとっても好材料です。

 ただ、この流れだと飼料も比例して上がるので、痛し痒しなんですよね。

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 今日の月1度の経営会議は、今年2回目の県央工場での開催でした。

 会議では先月の実績の報告についての相互に質疑応答をするのですが、厳しい質問も少なめです。昨年から打って変わって、今年度は収支の数字がずっと厳しいからでしょうか。いやー、このままだと3月末の決算が‥。

 みんな前向きに頑張ってくれているのですが、コレばっかりは市況なのでどうにもなりません。戦う気構え無しには経営は出来ませんが、諦観も大切?

 さて、会議終了後に、試作加工品の試食会を5ヶ月ぶりに開催。今年入ったばかりの開発担当の女性が堂々と商品説明してくれて、また試食の順序も練られていて良かったです。

 もちろん、試食した7品目の味は概ね高水準でしたよ!

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 何でも小さいモノが好きです。カメラも、iPodも、ケータイも、クルマも。

 最小限の外観に最大限の機能性を詰め込む。人中心でモノはさり気なくあって欲しいと思っているのか、単に身軽なのが好きなのか。

 初めてオーナーになったクルマは、ホンダの初代シティ(ターボ)でした。そう言えば、このクルマ辺りからホンダは「メカ・ミニマム、マン・マキシマム」と言ってましたっけ。

 さて、このトヨタiQ、昨年のデビューから気にはなっておりましたが、試乗の機会に恵まれず、最近、二戸駅前のトヨタレンタリースに置いてあるのを時々見かけて気になっていまして、取り寄せて昨夜から24時間借りて200キロ走ってみました。(ちなみに、借りる方は私のように興味本位が多いようです)

 いやー、素晴らしいですね!

 こんなに小さいのに重厚感のある乗り心地。CVTでハイギヤードなのに1リッターでも軽快で気持ちいい。高速も我がBMW Z4よりずっと快適。室内は広々として全く小さい車に乗っていることを忘れそう。標準のオーディオの音も良い。それにあれこれ工夫された機能が感動的。おまけに、見られている場所でのUターンが超快感(笑)。

 マイナス点として、アイドリング時に3気筒の振動が伝わってくることがありますが、最近出た1.3リッターを選べば良さそうですね。

 それから、ガラスルーフ仕様がスタンバイされているようですので、出たら気持ちを抑えることが出来そうにない‥。税金の安いうちにデビュー希望!

 さて、クルマの話で気になっているもう一つのこと。それは、トヨタからプリウスの上位に位置するセダンが11月に発売になるという情報があるということ。

 名前がSAIって言うそうじゃないですか。菜彩鶏のSAI! これは最近出た兄弟車種のレクサスHS250hの兄弟車なのですが、スクープ写真を見ている範囲ではSAIのほうが凝縮感があってカッコイイ!

 もう既にトヨタディーラー全店で予約を受け付けているそうで、あっという間にプリウスのように3月までの予約が埋まることでしょう。プリウスの3月までの納車を逃した方で懐に余裕のある方はお早めに‥。

 ちなみにホンダのシティ2代目は「才能のシティ」がキャッチフレーズでしたが、それと同じ概念で、iQのほうにSAIの名前を付けて欲しかった!!

 12日午後、当社の旧山形孵卵場の解体工事中に、火事が発生しました。地元消防署に出動して頂きまして、1時間後に鎮火しました。

 幸い、けが人はありませんでしたし、隣接している新山形孵卵場にも影響がありませんでした。

 関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたこと、ご心配をおかけしましたこと、重ねてお詫び申し上げます。

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 やまけんさんが、ご自分がオーナーになっているメス牛「さち」とオス牛「国産丸」を久しぶりに見に来られるというので、雑誌「専門料理」の取材班に加え、図々しくも私もお付き合いさせて頂きました。

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 二戸市浄法寺町の稲庭高原の放牧地は快晴。耳標を頼りに成長した「国産丸」を探すのは一筋縄ではいかず、1時間ほど経過してやっと発見(顔にミルクの跡が)。更に、「国産丸」とやまけんさんとのツーショットを撮影しようと追いかけましたら、逃げる逃げる(笑)。

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 10分ほどくたくたになりながら草原を駆けめぐり(笑)、やっと落ち着いてきたところを何とか撮影できたようです。

 私もせっかくですのでやまけんさんに負けじと、ニコンD9016−85mmをつけて撮影してみました。

 帰って出来上がったのを見て‥、んー、同じレベルの写真が撮れていない‥。何ででしょうね? 同じ素材なのに! 腕というより機材だと思いたい!

平庭高原の短角牛「国産丸」

 さて、しばらく時間が経つと警戒心が薄れて、牛とにらめっこになったりします。鶏は区別が付きませんが、牛はやっぱり見ていると情が湧いてくる気が‥。鶏業界で良かったワ。

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 8日火曜日は、東京都品川区で開かれた動物薬メーカー主催のセミナーに参加して、5時間半みっちり聴いてきました。

 欠席しても後で資料は貰えるはずですし、業界誌に内容が掲載されるはずですので、必ずしも出席する必要はないのですが、今回は特に行ってみたかったですね。

 一言で言うと、その場の空気感を得たいと思いました。食の安全と世界の食糧問題を扱うセミナーですから、どういう講師陣なのか、どういう聴衆が集まっているのか、主催者の雰囲気はどうなのか、どんな雰囲気で話が進むのか、等々興味津々でした。

 5人の講師の方々の話の中でなるほどと思ったのは、「安心」って簡単に言うと「どういう人」が言っているのかに尽きるということ。

 そういう意味では、食品安全委員会は「安全」に留まっていて、「安心」に昇華させることの重要性が求められているんでしょうね。

 さて、民主党はマニュフェストで「安全」まで行ったが、さて「安心」を作り出せるか?

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 「きれいにしてますね!どうしてそんなに本社をきれいにするのですか?」と本社に来たお客様に質問されることがあります。

 そんな時とっさに出る答えは「工場はきれいで、本社が汚かったらダメじゃないですか」。

 そう、昔の当社は実際そんな状態だったろうと思います。

 工場はきれい。当社の久慈工場が業界中から尊敬を集める工場だった頃がありました。私にも不思議でした。そんなに新しくもないのに。

 継ぎ足し継ぎ足しでできた工場で格好は悪いのですが、定位置管理と言いますか、無駄な見た目がないという褒められ方だったと思います。

 それに比べ本社は‥、というか、事務所はお金をかける所じゃない!汚くて当たり前という考え方があったと思います。

 工場に負けない本社って、そりゃあ当然で、リードしなきゃね。

(写真:久慈工場の工場管理職はフリーアドレス制になっている!?)

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 先週土曜日には、隣の旧孵卵場の最後の雛が出荷になり、解体を待つばかりとなりました。

 そして本日は新山形孵卵場から初めて雛が出荷される日でした。

 この日を狙って、地元の放送局が夕方のニュースの取材にいらっしゃいましたので、その対応をしました。最近、県内の経営者仲間には「出過ぎ」と言われるだけに、誰か代わりに出て欲しいのですが、やっぱりこういう場合は断れませんね。

 さて、新孵卵場には雛の発生を見学できる独自の入り口を持つ見学室を設けました(写真)。

 最期はあまり見せられないものですが、誕生の仕組みがある孵卵場はなかなか感動的ですよ。

 昔のように、シャワーを浴びてシャンプーをして服を全部用意してあるものに替えて、孵卵場内をくまなく見せられれば良いのですが、もうこれからそういうことは出来そうにありませんね。見学室で勘弁してください。

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 今年6年生最後のサッカーの県大会があって、我が二戸FCは先週なんとかグループ予選を勝ち上がって、長男は昨日、二戸祭りの太鼓係を抜けて大会へ。私も安比ASPAへ応援しに行ってきました。

 ベスト16を賭けた試合は、以前に2対0で負けている滝沢と。日本代表と同じく攻めてもなかなか点が取れない我が二戸FCの悪い雰囲気が出てきましたが、後半なんとか1点をもぎ取り、守り勝ち。

 次の試合はヴェルディという県優勝もしている相手。前半守って凌いで、後半に盛り返して、これまたナントカ1点を奇跡的にとって何とか守って勝ち。

 これら昨日の2試合は本当に薄氷の勝利で、応援団の親たちも涙を流して喜んでハッピーな1日となりました。これで八十数チーム中、ベスト8。

 で、今日の第一試合は紫波と。何度も負けている相手だったそうで、これは残念ながら力の差が出て3対0。でも選手は悔しくて泣いてました。

 応援しながら思い出したのですが、サッカーは私もやりたかった!

 当時、小学校でサッカーという選択肢はなかったし、中学校にもサッカー部がなかったんです。野球が盛んで、グラウンドがなかったですからね。

 高校で物理部に入ったのですが、いつも物理部の部室からサッカー部を見ていて、いつ入ろうかと真剣に思っていたのですが、物理部の居心地が良すぎて‥(笑)。

 サッカーが一番自分に合ったスポーツだったと思います。野球、バレーボール、硬式テニス、ゴルフとやってきた私にとって、一生の後悔の5本指に入るなあ‥。

 昨日の2点、たまたまミッドフィルダーの長男が入れたので、その思いが更に強くなってしまったかな?

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 「ナニャトヤラ」は二戸周辺の盆踊りです。ちなみに最近、二戸、久慈、八戸のエリアをまとめて「北緯40°ナニャトヤラ連邦」と言うことにしたそうです。

 型から型へというよりも、流れるような動きで表現し、太鼓の音との関係を無視するかのようなシンプルなフレーズの歌を、その集落の年配のお母さんが歌うのが特徴でしょうか。しかも上手に歌わず、枯れた優しい声で歌うのが定番です。

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 「二戸祭り」が一昨日の前夜祭から始まっていますが、昨夜は「ナニャトヤラ流し踊り」がありました。

 二戸市の枠を超えて、一戸町、軽米町、洋野町など各地のナニャトヤラ保存会の皆さんが流し踊りを披露してくれました。十数組ありましたね。

 それぞれのリズムのスピードが違いますし、太鼓のたたき方が違いますし、踊りの感じも違って、思わず見入ってしまいました。

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 小学生の頃、家の裏に鶏肉加工工場があったわけですが、確かお盆の最中に毎年工場主催のナニャトヤラ大会がありました。

 工場の社員のみならず、地元、穴牛の住民や、ナニャトヤラの踊り自慢の方々がいらっしゃって、上手な方々に賞を与えていくということをやっていました。

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 踊っている最中に、背中にナントカ賞と紙に書いたものを貼っていくのですが、子供心に自分ももらうのが楽しみでした。

 今でもそんなこと各地でやっているのかな?

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 9月1日・2日の2日間、パシフィコ横浜で行われた「盛和塾第17回全国大会」に今年も参加してきました。

 いやー、今年も感動の連続でした。塾生8名の経営体験発表がメインなのですが、2代目、4代目社長有り、課長から起業有り、這い上がって会長まで成った人有り、ベンチャー起業有り、夫婦で創業有り、果てはアメリカに単身渡っての創業あり、今年もバラエティに富んでおりました。

 最優秀に選ばれたのは、単身カリフォルニアに渡り、花栽培の事業を興し、これ以上ないと思えるほど夢のような劇的な人生を送ってこられた松井紀潔さん(74歳)。

 しかも子供たち4人をハーバード大学に入れ、美田を残さない方針で奨学金制度を作って、地元の貧しい学生を応援していると言います。素晴らしすぎる!!

 さて、今回の発表者の大半に共通するのは、塾長の言う「利他の心」でした。40歳45歳の社長たちが深く自分を問い実践している様子に触れ、大いに刺激を受けました。

 これから、私のテーマは「利他の心」にします。‥と言わなければならないほど、まだ出来てませんので。

(写真:稲盛経営者賞の表彰式)

人生の唐揚げ

 たまたまリンクで見つけた「日本唐揚協会」のホームページ。

 8月に出来たばかりのホームページのようで、母体が何なのかよく分からないのですが、「ニッポンの唐揚げが世界を変える」の志よし! 業界を振興して頂ける有り難い存在と認識したいですね。

 「世界一長い焼き鳥」のサポートをして盛り上げている、先輩格の全国やきとり連絡協議会に負けないよう頑張って欲しいものです。

 さて、コンテンツにカラアゲニスト検定試験(唐検)がありまして、業界人として好成績を上げなければと肩に力が入りながら、検索を駆使して(笑)、答えてみました。

 待つこと5日間。合格の通知と正解のメールが届きました。一つだけ間違えました。ホッ。

 ところで、最近、地元周辺の個人店の唐揚げを食べる機会がぽつぽつあったのですが、昭和の時代の飾らない唐揚げもいいですよね。

から揚げ人生

 写真の「唐揚げ人生」(三沢市内)のアツアツの唐揚げは、テイクアウトしたのですが、なかなか冷めないので食べずにいたら、車の中が唐揚げの臭いになってしまい、数日抜けませんでした。さすが人生がかかった唐揚げだわ!

(写真:三沢市内の「唐揚げ人生」さんの唐揚げと店舗)

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 8月31日を以て螢献Дぅ咼奪の業務を終了いたしました。

 ジェイビックは、ちょうど10年前に設立した、グループ会社でも唯一最初から私が代表取締役となっている会社です。

 輸入鶏肉を扱う会社として、M専務のユニークなキャラクターを前面に出して、業界でもそれなりの存在感を示してきましたが、昨年後半からの輸入鶏肉市場の厳しい状況を受けて、本業への集中という方針を打ち出し、撤退もやむなしとの判断をさせていただきました。

 実質3人というごく少人数で効率的な営業をしてきた役員・社員ですから、この会社を離れても活躍してくれることでしょう。

 お付き合いいただいたお客様、関係者にはご迷惑をおかけしますが、業界の避けられない変化の一端としてご理解いただければ幸いです。

(写真:左がジェイビックの入っていたビルで、右側の以前入っていた場所には新しいビル)

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