きまじめチキン日記

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 「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」の言葉で有名な経営者、永守重信さんが名誉会長を先月辞任しました。

 買収した先の会社の文化を変えて、業績のV字回復を次々に実現して成長してきたその手腕に私自身も尊敬の念を抱いておりましたが、その末に目標達成への強すぎる圧力が招いた会計疑惑で退場となりました。

 さて、当社はというと20年ほど前に2025年の目標を2億羽と定めましたが、実際1億羽にもなっていません。期限を決めて目標必達というのではなく、少しでも近づいていればOKという文化だったからでしょう。それで良かったのではないでしょうか。

 極端だとマスコミに取り上げられたりSNSで話題になりやすいですが、そこには正解は無いと思えるニュースでした。

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 今年も春分の日に製造部の小集団活動発表会がありました。75人参加でした。

 会場はこの会合では初めて軽米町の宇漢目館。経営計画発表会も既にノーネクタイになってますが、これはネクタイ着用。滅多にネクタイすることが無い現業の皆さんにはいい機会かも。

 先日発表した今年度の社長賞には計6件の授賞対象がありましたが、そのうち3つは小集団活動で頑張って目覚ましい成果をあげた人たちなので、この場で表彰も行いました。それを思いついたのは今週月曜日でしたが(笑)。

 発表は合計で15チームでした。目覚ましい成果が多いですが、中にはやってみたけど元に戻した例もあって、それはそれでいいのではないでしょうか。

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 H専務からは大半のチームに質問を浴びせ、成果が出てもそれで満足することなくやっていこうという姿勢を伝えた格好。他工場からの質問も間断なく出て充実した時間になりました。

 私からの講評として、「皆さんは現場のリーダーです。趣味や交際などオフタイムも充実させて、若い人が多い当社内にいい影響を与えるようであってほしい。当社の元気が地元の元気です。いい仕事はできてても、オフタイムは5年経っても10年経ってもゲームばかりしてますと言うのじゃ駄目ですよ」と付け加えました。

 仕事上での改善欲を持てる人は、プライベートでも意欲を持ってかけがえのない今しかない時間を過ごしてほしいものです。

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 2018年から来客用の飲み物メニューを用意して選択いただくようにしています。

 気が付くとメニュー面がより複雑になっていて、お客様は一目見て即決断できていないような気がしましたので、考えてシンプルにするよう指示しました。

 夏季は冷えたものだけ、冬季は温かいものだけ。コーヒーは私が見ている範囲では、ブラック以外を見たことが無いので無糖限定で。念のため砂糖とミルクの撤去も指示しました(笑)。

 これにしてお客さんが自由に決めやすくなったかなと様子を見ていると、けっこう上司と同じという人が相変わらず多いのです。わざわざこんなメニュー用意しているのでできるだけ本命に思うものを言ってほしいのですが。

 やはり日本は同調志向が強いのかな。全員コーヒーとかになって、残されて、話のネタにもならないようだと廃止かな‥。

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 ひよこが表紙写真の全16ページのこれまでの会社案内は、毎年少しずつ修正を加えてきました。

 ここ数年同業者などを訪問してその都度会社案内パンフレットを頂き、刷新のアイデアがひらめいてきていたところに、長男が入社して広報採用の担当になったので、会社の全体像をつかむのにいい経験になると思い担当させ、完成まで何度も打合せして、新しい会社案内パンフレットが出来ました。

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 ダイエットして8ページにしました。そして観音開きを採用して、中央綴じの糊も留め金も不必要に。スマートでしょう!

 最初に開く左右2ページの左には、当社の企業理念やブランドパーパス、社員心得十ヶ条、目指す企業像といった思想を表現。右には当社の歩みを。

 全部開いた横長の4ページ分には仕事の流れ、当社のこだわりのポイント、法人や事業所などの概要という3段重ねで表現。

 我ながら理にかなった構成になっていると自画自賛したくなります。

 でもこの会社案内の世界は、お互い真似しやすいのでそのうち真似されることになるんだろうな。ま、当社も周囲に学んでできたものですから、文句は言えません(笑)。

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 我がBYD ATTO3も丸3年経過。車検の時期となりました。

 仙台出張にクルマで行けば途中、東北運輸局岩手運輸支局に寄ってユーザー車検が出来ると思い立ち、本日実行。書類提出から車検証受け取りまで1時間ちょうどでした。

 事前にやったのは自賠責保険を支払って証明書をもらったくらい。どこも不具合無いと見込んで、駄目ならお近くの対策屋さんでやってもらおうと思い、そのまま検査してもらったけど無事通過。

 純電気自動車なので排気ガスの検査無し。さらに自動車重量税支払い無しで気分よし(笑)。

 何より嬉しいのは、久しぶりで書類提出も検査ラインを進むのも慣れてないわけだけど、そちら側の方々がほんとに皆優しいこと。岩手人だから優しいのかな??

 クルマの製造品質は年々上がっていることだし、電気自動車なんて部品点数少なくて壊れにくいんだからなおさらこんな風に、ついでにユーザー車検受けたらいいのにと思うのでした。そうなるためには年中無休が必要かな。

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 台湾料理の大衆店には3泊の間に4度行きました。中華料理が子供の頃から大好きな私なので連続で行っても極楽でしかありませんね。

 昨日昼には「日本の台湾ラーメンは台湾のと違うので、有名店に行きましょう」と台中市の路面店に案内されました。たまたま先週、愛知県のゴルフ場で台湾ラーメンを食べたので比較は鮮明。辛さ全く無く優しいわ。

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 ついでにたのんだ鶏内臓のスープでしたが、たっぷりのスープの底に肝、砂肝、ハツが沈んでて、臭みなく美味しく食べられました。難しく考えずにスープにしちゃうのもいいかも。

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 そのあと台北市に戻り遅い夕食になりましたが、ホテルの近くを歩き回り最終的にはお粥の店へ。ホタテ粥を選びましたが、エビや鶏団子も入ってました。

 食べたら鶏白湯のベースが濃厚でやたら美味しい。この店繁盛するわけだ。薄味だったので私は醤油を皿でもらって少しかけましたが、地元のU氏は「このままでも美味しいですよ」と少しびっくりしてました。我が家の醤油ボトルがなかなか無くならないほど私は醤油を使いませんが、台湾人は意外と薄味好みなんですかね。

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 このたび、私の実家に大昔にホームステイで来ていた台湾の妹分にお願いして、台湾訪問時にチキン関係者と面会できないかとお願いしたら、優秀な彼女はなんと有名な大成集団の韓副総経理に繋げていただき、昼食をごちそうになってきました。

 韓副総経理は私と同じ創業者の子息で4男とか。年齢は私より少し上。あれこれ業界のことやら、お互い聞きたいことを聞いていい時間でした。

 76年目の当社より遅れて、創業は70年前だったそう。鶏の飼育から始めたようで、現在の年間羽数は当社と変わらないくらい。しかし多角経営を進め、当社より売上高は一桁多い。志次第なんだなと改めて思いました。

 副総経理も、ちょっとだけ顔を出してくれた甥で三世代目の総経理も、話を聞いているととても忙しそう。傘下の店でもあったので、副総経理は試食会のようにあれこれシェフに指導もしてました。こういう真似はできそうにないな(笑)。

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 年に一度の経営計画発表会は3月中旬の工場が休みの水曜日にいつも実施しておりますが、今年は東日本大震災のあった3月11日でした。しかも15年という節目。

 一世代が30年とするとちょうど半分。15年も経てば参加している総合職も半分以上は入れ替わっているはずで、当社以外のところで大震災に遭ったことでしょう。そのため、私からの方針発表に先だって、ごく短く振り返りを伝えさせていただきました。

 社員は全員無事でしたが、亡くなった親族は4人、家屋の全壊は8棟だったこと。久慈工場と5農場は地震による修理に相当かかったこと。飼料とガスの供給停止で180万羽が衰弱死し、生まれた180万羽も淘汰せざるを得なかったこと。そんな状態の中、痩せ細った鶏の肉をいつも通り買っていただいたこと。しばらくして野田村にて炊き出しを4日間やって760食食べていただいたこと。

 そして、被害額も相当だったが、津波補助金を3度も頂戴して、したたかに今に至っていると言うこと。民間企業ですから、強く逞しく行ければと。ちなみに「したたか」は創業者の父、健助がよく使った言葉でした。

 橘和徳さんの生歌唱を聞きながら立食での昼食を済ませ締めとなりましたが、長男の開紀取締役の役回りになってました。あのときはまだ中学生だったんだよな。時が経つのは早いものです。あっという間にまた三陸に大津波がまた来るかもしれないので気を付けましょう。

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 昨日、久慈市とのネーミングライツ契約締結式のために久慈市役所を訪問してきました。

 直前に遠藤市長や坂川教育長らと懇談の時間がありましたが、質問された「十文字チキンアンバーホール」という名前は私が考えました。デザイン関係の最終決裁は私という社内ルールになってますので、当然のように(笑)。

 もともと久慈市文化会館として愛称が「アンバーホール」だったと理解していますが、琥珀が取れる稀有なまちとしてのアンバーの名称は残しつつ当社名を被せた形としました。

 こうして発表して気が付いたのですが、当社として利活用したことがほぼなかったのではなかな。名前が被せられて、責任重大だなと思いました。

 思えば1999年にここがオープンして初めてその外観を見たとき、結構驚いたのを覚えています。まさにデザインコンシャス。その時から27年後に当社名が付くことになろうとは。

 改めて考えるに、社員の持ち味、ユニークさを発揮できる集団としての当社を連想する建物として、ピッタリではないでしょうか。

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 「次世代多目的コホート研究」の対象に私がなってるらしくて、「いつでも止めていいよ」と説明を受けるのですが、逆に面白がって参加しています。

 昨日は提出日でした。あちこち出かけているこの頃、事前に届いていた封筒を開けずにそのままにしてて直前に開封したので、検便間に合わず。急いでぎりぎりの時間に二戸地区合同庁舎3階に到着したのでした。

 身長と体重の測定は普通にあったあと、握力を左右を2回ずつ測定。利き手の右より左のほうが数値が上だったことが意外でした。どういうこと?

 それにどちらも2回目のほうが上でした。思えば、子供のころの前屈の数値が大幅なマイナスだったことで自分は体が硬いと思い込んでましたが、最近になって「測定の前に何度か練習すれば全然違う数字になったはず」と後悔の念があります。なぜか(笑)。

 その後、歩くスピードの測定がありました。5mほど普通に歩くのと、速足で歩くのと。せっかちということもあり、歩くスピードには自信があります。係のおばさんから「早い!さすが!」という声が上がりました。でしょう(笑)。

 帰宅後に、自分の握力の数値41〜42kgは私の年齢でどれくらいに位置するのかググって確認しましたら、1kgほど劣ってるかな。スポーツやってるほうだと思ってたのでがっかり。ハンドグリップ身近なところにありますが、さぼりがちなので修正します。

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